

手術(癌)をして以来1年半の間、一度も検診をしていないので、はるばる電車

を乗り継ぎ、60km
手術をした病院

へ
でも手術をした先生は異動になっていていらっしゃらず
しかも血液検査と尿検査をしただけで、2月末に再びCT検査に行かなければならないことに
まあ外出は目的が何であれ、気晴らしだからよいのだが・・・
今日は帰りにいつものように朝、昼兼ねてパン

を食べ、その後デパートのお菓子売り場を見て、ケーキを買い気持ち的に満足したのではないかと思う。
同じことを何度も言うことにまともに付き合ってはダメだとわかっていながら、ついイライラすることが多いので、今日は聞き流そうと心に決めていた

かなり決意を固く持っていたので、1日イライラせずに我慢できた

予定よりも早くホームに帰れたので、遅くきた年賀状や寒中見舞いに返信を書き、帰りに買ったケーキ

を食べた
最近気分転換のためになるべく出かけるようにしている。「行きはよいよい帰りは・・・」と言うが私の心境はまさにそれ。
このところ寒いので、いつも着ているコートが薄すぎることが気にかかり(本人は「寒くない」と言い張るし、実際寒さを感じていないのだが)軽くて暖かいコートを購入。
いつもの薄い綿キルティングのコートではなく、新しいコートを着てもらうのに一苦労。
「今までので全く寒くない」と着替えたがらないが、やせている80過ぎの老婆が常識はずれの薄着でみぞれ降るなか、歩いていたら誰だって「寒くないですか?」のひとことかけたくなる。一緒にいるこっちが恥ずかしい。
「今日は特別寒いから介護師さんだって、まわりの人やお友達だって心配するわ。一緒にいる娘は何を考えてるんだって思われちゃうから、これを着てね」と言うと、「自分のために私に無理やりこれをきせるわけね!」と憎まれ口。そういうところは認知症でも全く衰えない。なぜか?
持って行った厚手のストッキング(当然防寒のため)にはきかえてくれない。「私はいつもこれで平気だから」
行きはこれからの楽しみがあるからまあまあ明るい。
親しくしていた友人、親戚と会った夢、すでに永代供養したお墓に行った夢を見たと毎回同じ5種類か6種類の定番が、ひどい時には1分に1回くりかえされる。
今のホームで一緒の人や介護師さんの話題などを話ながら行く。
ここまでは同じ話に我慢して付き合っているが、さらに問題なのは帰り。
ホームに帰りたくない母
「今いるあそこからどうやったら帰らせてもらえるかしら?」「2〜3日だけでもいいから家に帰って、片付けをしたいの」
と言うときは機嫌のいいとき。
「あそこからどうにかして脱出しなきゃ」「意地悪な人がいるし、訳わからないことを言う人がいて疲れちゃったから帰る」と言うときは機嫌の悪いとき。
それでもホームに入る前にいた自分の家を覚えていないし、もうなくなってしまったと思っていることもある。
ホームに入る前(自分が気に入っていた家を売って我が家と一緒に隣同士の家に引っ越してから9年間)、ほぼ毎日のように、
「この家に引っ越してきたくなかった。こんな家に住むなんていやだ」と繰り返し、父が亡くなってからは、「一人でどこか遠い所で暮らしたい」と繰り返してばかりいた。それほど愛着のない家なのに。
帰りになると5分に1回くらい腕時計を見ては「こんなに遅くなって」「みんなが心配しているから、電話しなきゃ」「あんたが帰るのが遅くなっちゃう輪ね」を帰り道10回くらい繰り返す。
音楽の演奏に使うループマシーン(ふきこんだ数秒の演奏がずっと繰り返される)というのがあるが、まるでそれのように機械的に何度でも繰り返す。しかもおなじことばと言い回しで・・・
人はある事柄は同じことばで言うものなのだと感心!
ここ2日、3日寒い。
だからといって出かけないということはない。
風邪やインフルエンザが流行っているがうつることもない。
というわけで今日は1時間半かかる東京のコンサートに行く。仕事で時間の合わない私の代わりに迎えに行ってくれた長女と一緒に来た母と途中駅で会って付き添い交代。そこで買ったばかりの暖かいコートに着替え、コンサート会場に向かう。
母の大好きなアルパの演奏を聞けて大喜び!
その他には懐かしい出演者のステージはなかなか楽しい。
2時間のコンサートが終わって大満足の母。早めの夕食を食べて帰る。
久しぶりのコンサートを大いに楽しんだ。
寒い毎日だがおかげさまでだれより元気な母
お友達と新宿でランチすることになり、出かける。
私が電車の遅れで迎えに行くのが遅くなり、介護師さんが着替えなどの準備を手伝ってくださったが、寒いのに、言うことを聞かずに薄いコートを着ている。
「私は寒さなんか感じない」などと言って困らせているところに私が到着。無理やりいつものコートを着せて出かける。
ふと見ると、またすべての荷物をカバンに入れている。親しくしていた方が入院なさったので、それを自宅に帰ったと勝手に解釈したようで、
私が来る=自宅に帰るという考え
Lさんとお食事と言って出かけているのに、待ち合わせ場所に着いて、「ここで何してるんだっけ?」と言う。
Lさんと会ってお食事を楽しみ、おしゃべりをする。帰り着くまでずっと「Lさんと会って楽しかったと」繰り返しているので、そのことは覚えている。
帰ると介護師さんに「親しかったYさんが入院されたら、ますます落ち着きがなくなった」と言われた。自分も家に帰れると思ったこともあり、なおさら落ち着きがなくなったのだろう。
落ち着きがないときは自分の持ち物が雑に扱われるようになる。あまりにもものがごちゃごちゃなので、片付けてみると紙袋1つ分のゴミが出た。
元気なだけに昼間は落ち着きがなく多動。しかし、最近夜は腰が痛くて起き上がれないのだそうだ。昼間は平気で動き回っているくせに。
でも仮病ではないらしい?
入居後1年以上手術をした病院に行っていない。昨年震災直後に予約してあったが、あの混乱で、キャンセルした。それ以来仕事の都合で、平日に長時間とれないまま、2012年になってしまった。
母はもともと皮膚が弱く、バンドエイドのようなものですぐにかぶれてしまう。今は人工肛門の袋を接着剤で一年中留めているので、かなりの頻度で肌がかぶれた状態になっている。
そこの部分が、こすれたり、当たったりすると、先日の初詣の朝のように出血してしまったりするようだ。ということで2時間ほどかけて手術をしていただいた病院に行くことにした。
8時の電車に乗らないと予約時間に着かないので、7時に迎えに行き、準備をしなければならない。
入り口を開けていただき(朝早いので通用門から入る)入るとすぐに「お母様は今朝腰が痛いと言っていらしたそうです。」と言われた。
母の肩こりは筋金入りのバリバリだが、不思議なことに腰が痛くなったことはない。部屋に行ってみると普段通り、平然と歩いている。「腰が痛いの?」と聞くと「ほんの少しだけど、もう大丈夫」と言う。
介護師さんのお話によると「3日くらい前、他の方のご家族がいらしたときにごあいさつをして体を起こしたらピクッとなって、夜中に痛がり、ひとりで起き上がれず、トイレにも行けなかった」とのこと。
とにかく大丈夫そうなので、 出かける。
終始いつもと変わらないようすで歩くが、階段をあがるときに手すりにつかまる、タクシーの乗り降りがゆっくり、立ち上がるときに腰をかばって立つなどの様子は初めて見る。
病院ではストーマ専門の看護師さんに「全く問題なく順調」太鼓判を押され、母も私も安心する。
毎回道中は全く同じことばかり繰り返す
帰って来て来週の楽しい2回の外出についてメモを見ながら5分間に5回以上繰り返す。
1日お相手していると本当に疲れる。
ホームの方たちに感謝の気持ちがますます深まった。